ジャカルタ特派員 タコラの最近のブログ記事

タコラです。私は香港育ちなんです。幼少期を香港島の銅鑼湾で過ごしました。その当時、海外渡航はまだ非常に特殊なことだと思われていた時代でした。成田からの飛行機はプロペラ機で、上下に乱高下しながらゆっくりと飛んで行ったのを昨日のことのように覚えています。まだ機内で飴玉を配っていた時代でした。ですので私の一番古い記憶はその頃から始まっています。香港は故郷のような存在で目を瞑っても歩けると言えるほど好きな場所です。

望郷の想いというほどでもないのですが、香港には定期的に訪れたくなります。今回、PODCAST仲間のカルロスさんが深圳へ行くというので、この機会に私もジャカルタから同行することにしました。深圳在住のもう一人の仲間、ヨンさんも時間を割いて会ってくれることになっていたのですが、彼はビザの関係でその時ちょうど香港に一度入らねばならない状況になっていました。という訳で急遽私の提案で深圳に行く前に三人で香港の西貢(サイクン)に行くことにしました。
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西貢は九龍半島の東側に位置する海岸沿いの町です。郊野公園に隣接しており風光明美な観光地であるとともに、海鮮料理店が軒を連ねていることでも有名です。久しぶりの再会を海鮮中華料理で景気づけようと、我々はまず東鉄線の沙田(シャーティン)に集合しました。この路線は以前はKCR(九廣鉄道)と言って大陸へと渡っていく国鉄でしたが、いつのまにか地下鉄MTRに吸収されていて時の流れを感じさせられました。そこからは二階建てCITY BUSの299番で西貢まで40分です。初めて二階建てバスに乗ったカルロスさんが嬉しそうにはしゃいでいました。
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西貢に到着すると生け簀を並べた店や船の漁師が声をかけてきました。ここではまず魚介類を先に買い付けます。そしてそれらをレストランに持って行き調理して貰います。煮る、焼く、蒸す、と調理方法を指定し、XO醤で和える、チーズでからめる、など味付けも指示します。どこで材料を調達し、どこで料理させるか、その組合せによってその日の料理の味が決まるという訳です。仲間二人とも西貢は初めてだったそうで、興味津々といった面持ちでした。
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海岸沿いを練り歩き一番おっさん客が多い店を選びました。きっと彼らは美味い店を知っているはずだからです。そこで先ほど買い込んだアワビ、ホタテ、イカを料理して貰いました。サンミゲルビールで乾杯して再会を祝福すると募る話も二の次で皆黙々と食べ始めました。とにかく海鮮料理が美味しい!先ほどまで生け簀で泳いでいたイカが口の中でとろけるほど柔らかい。ホタテもアワビも最高!どんどん酒が進みます。私自身、ここへ来て食事をするのは99年以来のことでしたので、半ば興奮気味に久しぶりの海の幸を堪能しました。
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食事後は一路、深圳へ移動。群雄割拠のビル群が我々を出迎えてくれました。地下鉄網が敷かれすっかり大都会と化した深圳。中国の都市部は躍動感に満ち溢れています。その夜は例によって珍騒動の数々を繰り広げました。私の仲間は一筋縄では行かない猛者ばかりです。カルロスさんは夜の蛇口へと消えて行きました。私はヨンさんの案内で深圳を行脚。結局そのまま三人が再集合することはありませんでした。三人で舌鼓を打った西貢。またいつか行きたいものです。
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神鳥ガルーダが描かれたインドネシアの国章。その足元のリボンには、Bhinneka Tunggal Ikaとの文字が刻まれています。「多様性の中の統一」という意味です。国民の87%がイスラム教徒、残りをヒンズー教徒、キリスト教徒、仏教徒、他が分け合います。ご承知のとおりイスラム教では豚肉を使った料理は食すことが許されていません。世界的に有名な中華料理店「鼎泰豐」でも小龍包には豚肉の代わりに鶏肉が使われています。これがまた何ともはや食べ応えの無い味になってしまっています。

そんなイスラム教徒が大多数を占めるジャワ島では、豚肉を使わない美味しい料理として日本食のブームが起こっています。なかでもラーメンは大人気で、多数の出店ラッシュにその加熱ぶりがうかがえます。日系チェーン店も数多く進出しています。大戸屋、丸亀製麺、富士そば、吉野家、モスバーガー、ペッパーランチ、等々。いずれの店舗も平日祝日を問わず盛況で多くのお客さんで賑わっています。純和風の怪しげなローカル日本食レストランも出現しています。商魂逞しいインドネシアの投資家達も日本食ブームにあやかりたいということなのでしょうね。

2013年10月25日にゴーゴーカレーの一号店がジャカルタに誕生しました。続く11月5日には二号店も開店。私がジャカルタへ移住した9月とほぼ同じ時期のことでしたので、「あの味がここでも楽しめるのか!」とにわか喜びしたものです。ところが2014年4月末、二号店が閉店したとの情報がTwitter上で流れ始めました。僅か半年間の営業で終焉を迎えてしまったのです。これだけの日本食ブームの最中だというのに一体何が起こったのでしょうか?何故、ゴーゴーカレーだけがこのような憂き目を見ることになったのでしょうか?2億4千万人の人口を抱えるインドネシア、経営陣には勝算があったはずです。

実は閉店の予兆は以前からありました。私が初めて訪問した時のことですが、夕食の時間帯にもかかわらず店内には殆ど客が居ませんでした。他の店には多数の来客がありましたので、ゴーゴーだけ閑古鳥が鳴いていた訳です。最初は値段が高いのかと勘ぐりましたが、価格帯は日本より低めの設定がされていました。店内は清掃が行き届いており、店員は一生懸命に接客サービスをしていて非常に真面目な勤務態度でした。注文したメニューは若干待たされはしたものの我慢できる範疇でしたので、ますます不人気である理由が分かりませんでした。インドネシア人は日本贔屓なのでこれは珍しい現象です。

ある日、勤務先のインドネシア人の部下をゴーゴーカレーへ誘ってみました。私がご馳走すると言ったにもかかわらず彼はあまり嬉しそうな顔をしませんでした。「うーん、日本食なら丸亀製麺に行きませんか?自分で払いますから・・・。」とつれない返事が返ってきました。インドネシア人というのは人の提案に対してNOとはっきり言うことは少ない人種です。ましてや相手が上司であったら尚更のことです。Asal Bapak Senang=ボスの機嫌が良ければ全て良い、という諺があるほどです。これは何か特別な理由があると感じた私は彼に店を変えたい訳を聞きました。最初はのらりくらりと違うことを言っていたのですが、しつこく聞いて漸く分かった本当の理由は日本人の私にはちょっと想像がつかないものでした。

『あんな貧しい印度人が食べている食事なんて食べたいと思わない!』

冒頭の「多様性の中の統一」という言葉が頭に浮かびました。無数にある島々が集合した多人種多言語の国家であるインドネシア。しかし、一見バラバラに見えるインドネシア人にも「インドネシア流」の考え方があるのだと気づかされました。印度に対する「貧しい」というイメージ。つまり、我々は彼らとは違うという思考に通じるものです。街を見渡すと所々にINDOという文字が目につきます。これは、インドネシアを指す単語だそうです。対して印度のことは、INDIAと呼んで区別しています。ですから、INDO COFFEEというのはインドネシアのコーヒーのことで、INDIAN COFFEEというのは印度コーヒーのことなのです。

元バックパッカーの私にとって、インターネットや本ではなかなか知ることの出来ない海外の事情や情報は大好物です。今回のインドネシア人のカレーに対する嫌悪感は、まさに目から鱗が落ちる思いでした。閉店したゴーゴーカレーについては、今後様々な視点から経営失敗に対する分析が行われることと思います。ところが実態はなんのことはない、印度っぽくて嫌だったという消費者心理が働いたということでした。しかし、日本からの進出前市場調査で、ここまでのことを分かることが出来たかというと非常に疑問です。それだけ海外の文化を理解することは一筋縄ではいかぬ難しい面があるということです。

ところでジャカルタにはもう一軒カレー店が日本から進出しています。それは「カレーハウスCoCo壱番屋」です。この店舗はジャカルタでも最高級に部類されるショッピングモール内にあります。客層は富裕層を中心に様々な階層の人達が来店します。さて、ココイチはどこまで頑張れるでしょうか。インドネシア人のカレーに対するイメージを覆すことが出来るでしょうか?これからの展開を追いかけてみたいと思います。

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在りし日のゴーゴーカレー・シティウォーク二号店
丸山ゴンザレスさんからバックパッカーに向けたガイドブックを発刊する企画を聞かされた時、にわかには信じられませんでした。これだけ多くの書籍が発刊されている中で、今更旅そのものを指南するガイドブックなんて・・・。仮に発刊されたとしても、売れるのだろうか?などと余計な心配をしたものです。ところが蓋を開けてみると書店の店頭に並んでからというもの好調な売れ行きなんだそうです。かくして丸山さんの目論見は見事に的中した訳です。地球の歩き方に代表されるように各国の情報が掲載された本は無数に出版されていますが、旅のスタイルそのものについて書かれた本は案外少なかったのかもしれません。そして、今また若い人たちがこの本を手に取ってくれていると思うと、旅への興味は膨らんでいるのだなと嬉しい気持ちにさせられます。そしてもう一つ嬉しいことがあります。それはこの本の中で私も僅か数ページですが執筆させて頂いているということなんです。自分の思い描いたことがこうしてハードコピーとして書店に並ぶ、とても感慨深いものがあります。

「旅の賢者たちがつくった海外旅行最強ナビ」 辰巳出版

少々悔しかったのは十分な執筆時間を与えられていたにもかかわらず、あまり多くの原稿を寄稿出来なかったことです。本業が多忙を極めていたこと、そして私自身が次の新たな旅への準備をしている最中であったことが原因でした。長年の海外暮らしを終えてようやく戻ってきた日本。東京に住むのは14年ぶりのことでした。やっぱり日本人には日本という国は非常に心地よいと思います。それに私は人一倍日本のことが好きですから、再び旅に出るにはいささか後ろ髪を引かれる思いがありました。それでも意を決して日本を離れまして、今はインドネシアのジャカルタに住んでいます。クライエントから受託した商品について、各国の事情を鑑みてもっとも効率的な生産が行える場所を紹介しコストカットを実現することが私の現在の仕事です。先々週はシンガポール、先週は韓国にいました。仕事にかこつけて旅が出来るのは非常に面白いです。趣味と実益を兼ね備えた仕事でまさに一石二鳥。このポジションを獲得するまで非常に長い道程でしたが、ようやくたどり着いたという気持ちです。

無目的に旅をするのではなく自分の目標を持ってそのためのヒントや手段を探していくことが大切だと思います。あの国には行ったことがないから何があるのか確かめに行きたい、でも良いです。噂に聞いたあの国の絶品料理を是非実際に食べてみたい、でも良いです。とにかく、自分のやりたいことをやるのが良いのです。あまり感心しないのは「世界一周」ですかね。ルンバじゃあるまいし、歩いて進んでりゃそのうち一周しますよ。もっと感心しないのは「自分探しの旅」ですね。この目的には絶望的な結末も待っているということを忘れてはいけないということです。最後に辿り着いた場所で見つける自分は想像以上に無価値な人間かもしれません。そんな旅に本当に出たいのでしょうか?人間の価値ってなんでしょうか。なかなか数字や言葉には表しにくい抽象的な概念だと思います。

さて財布を出して下さい。そこに幾ら入っていますか?5千円?5万円?50万円?もし人間の価値を数字に表すとしたら、それが貴方の価値でしょう。非常に平等な尺度です。では、インドネシアでカレーライス店は流行るか?と聞かれた時に貴方はどう答えますか?店を洒落た雰囲気にする、立地条件の良い所に出す、うんと安くするなど様々な努力をすれば多少は成功するかもしれません。でも私は難しいと思います。何故ならインドネシアの人は「なんであんな貧しいインド人の食べ物なんかわざわざ食べるんだ?」と思う傾向が強いからです。これは私がここジャカルタに来て初めて知ったことです。その知識が将来何の役に立つのかは分かりません。もしかしたら何時か物凄く価値を持った情報に化けるかもしれません。5千円は5千円の価値のままです。でも貴方は旅の中で様々な知識を得れば得るほど、膨大なチャンスを期待することが出来るのです。つまり貴方の価値は貴方が作るということです。探しにいくようなことじゃないんです。

旅に出る人に言いたいことがあります。それは、旅に出たら旅をしなさい、ということです。BLOGのせいか何かしらビッグな野心を持って旅をしようとする人がたまにいます。しかし、世界何周しようが、何か国を訪問しようが、別に偉くもなんともないんですね。帰国したら悟り開いたような顔になっちゃって変に上から目線で物を言う人をまれに見かけます。旅なんて仕事しないでほっつき歩いてるってことなんですから。それならそれでうんと楽しめば良いと思います。好きな事を好きなだけやる。その中で自分がやって行きたいことが分かってくると思います。訪問国数とか距離なんてパイロットやCAさん達に敵うはずないんですから。引合いに出すのはばかばかしいことですよ。

さて、貴方はこれからどこに向かうのですか?どこに行ってみたいと思っていますか?そしてそこで何をしたいですか?一人旅・初めての旅・女子旅・ツアー・放浪・・・どんなスタイルでも、必ず役に立つ!のがこの本です。是非とも一度手に取ってみて下さい。

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マニラ湾沿いにRoxas Blvdという大通りがあります。それに並行するMabini Streetは、いわゆるザ・マニラを体現する一筋で多くのKTVと呼ばれるカラオケラウンジが並んでいます。その中の一軒「雅」の向かい、「一番館ラーメン」で私はなかなか出てこないチャーハンを待ち続けていました。暇つぶしに書棚に目をやると黒い背表紙の本が・・・。「海外ブラックロード」の初版本で、それが「嵐よういち」を知った瞬間でした。「雅」のGROから来店するよう誘われていたのですが、そんなことはすっかり忘れて手にした本を一気に読破しました。GRO、ゲスト・リレイテッド・オフィサーの略で、要はカラオケ嬢のことですね(笑) 翌日、GROがプンプンだったのは言うまでもありません。

それから数年が過ぎたある日、私は中央線の荻窪駅で人と待ち合わせをしていました。やってきたのは嵐よういち氏、その人でした。近くの焼き鳥屋に滑り込むとテンポよく酒を酌み交わしていきました。以前に出版した本を文庫化するので記事を追加して改訂する、フィリピンの記事は少々古くなっているので情報をアップデートしたいということでした。うーん、私は特にフィリピンの専門家という訳でもないですし、どうしたものでしょうか。それでは、ということで私が体験した「美人局」の話をしました。この時のお話が追加されたのが、「海外ブラックマップ 文庫版」です。他の地域の記事も幾つか追加になっています。

実はこの時までに私が読んでいた嵐氏の著作は「海外ブラックロード」のみでした。焼き鳥屋での交流をきっかけにブラックロードシリーズを読み漁りました。そこに登場する人物はそれこそ怪人達ばかり・・・。あゝ、私もこうして怪人の仲間入りをしたのだなと妙な感慨に浸りました。いつか世界のどこかで誰かが「海外ブラックマップ」を手に取り、「タコラ」の名前を記憶の片隅に残してくれるかもしれません。
その読者と出会えることがあったとしたら、まさにミラクルです。そしてミラクルが起る可能性を少しでも高める為に、こうして宣伝をばさせて頂く訳です(笑)

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ランボルギーニ・タコラです。

昔流行った子供番組「クレクレタコラ」の主人公タコラは何でも欲しがる強欲なタコです。自分のキャラクターに非常に近いので、それにちなんで自分のニックネームとして付けました。ランボルギーニを付けた理由は、絶対に世の中に無い名前にしたかったということ。そして将来間違って有名になった時に、広告媒体として使って貰えるかも知れないという淡い期待からでした。でも、有名になる前に登録商標の無断使用で訴訟に持ち込まれる可能性の方が高いというのがファミリーの意見です(笑)

さて私ですが、二十歳前後から短期の海外旅行に出るようになりました。これは友人の誘いに乗ったことがきっかけでした。旅行期間は回を重ねるにつれ長期化していきました。その頃は日本も景気が良く、少し働くと一週間ほどで10万円稼ぐことが出来ました。半月日本で働いては半月海外に行くというパターン。しかし、そんな生活も就職と同時に疎遠になってしまいました。

仕事は楽しかったのですが、一方で自分の中の旅心は膨らむばかり。会社の窓から空を見上げると海外で見た放牧地の青さを思い出しました。ついに我慢できなくなり97年から長期間の海外放浪に出ました。多少、英語が話せたおかげで行く先々で簡単な仕事にありつくことが出来ました。働きながら移動するという旅のスタイル。当然、一国での滞在期間は長くなります。じっくりと滞在して風土や人、文化を知りながら旅を続けて行きました。

東京>香港>タイ>カンボジア>ベトナム>シンガポール>マレーシア>インド>中東諸国>ハワイ>ロス>メキシコ>カナダ>フランス>フィリピン>東京、と周遊。気がついたら十年以上の歳月が過ぎていました。
実は私は幼少期を香港・タイをメインに東南アジアの様々な国で過ごしました。それを含めると延べ14年間の海外滞在となります。

帰国してから東京には二年半滞在しました。その頃にブラックロード・ファミリーの面々と知り合いました。どこかの国のゲストハウスの書棚にあった「海外ブラックロード」の著者と酒を酌み交わすようになるとは!そんな刺激の強い人達と交わっているうちに私の旅心が再燃し始めました。そして2013年に思い立ってインドネシアへと移住しました。現在はジャカルタで暮らしています。海外滞在15年目に突入です。

ところで東京にいる時にはPodcastを配信していました。番組名は「ファッカー電撃隊」。この番組はバックパッカー達の旅の今まで語られてこなかったブラックな部分を紹介していました。しかし、持ち前のエロチカマインドが悪い方向に働き激烈なエロ番組へと変わってしまいました。そこで軌道修正すべく一旦番組を終了させました。そして新たにPodcast「義士庵」を開始しました。こちらは不定期ではありますが現在配信中です。旅人の与太話をあることないこと配信しておりますのでよろしくお願いします。