沖縄特派員 カンジュンの最近のブログ記事


 

普天間基地の辺野古移転は

着々と進められている。

 

 

私は

普天間がある宜野湾市に小学生のころ住んでいたことがあるが

飛行機の音が

半端なくうるさかったのも

今は、昔の思い出だ。

 

飛行機が

小学校の上を通過するたびに

爆音のため、授業は中断した。

 

そんなことばかり報道されるため


何かと批判にさらされた米軍であるが

最大限、地域住民には配慮していた。

 

 

例えば

厳密に言えば米軍管轄の基地内であるが

地域住民の生活に利便性のために米軍が、開放していた道路が存在した。

 

 

もちろん

 

治外法権である。

 

私が、少年のころは仲間たちと

 

よくこの場所を利用させてもらった。

 

悪さをして警察に追われると

決まってこの場所に

逃げ込んだ。

 

警察権がおよばないことを知っていたからだ。

 

私達は

この治外法権の場所にくると決まって強気になり

警察官に悪態をつきまくった。

 

警察のくやしそうな顔も

今は、昔のいい思い出である。

 

その後、何倍にもなり自分自身に跳ね返ってきたが。。。。

 

 

その他にも

 

黙認耕作地とう言葉もある。

 

米軍基地の敷地内でありながら

地権者が

土地の耕作をしているのを、文字どおり黙認している場所である。

 

 

 

 

 

今後

普天間基地は、返還のための解体工事がますます

進んでいくであろう。

 

しかしながら

このような思い出の場所が少なくなっていくのも

個人的には、少しだけ悲しいものである。

 

 

 

 

 

前の記事で

 

和美は私をベッドの端におもちゃの手錠で

拘束して出て行った。

と書いた。

 

その後

私は友人を携帯電話でよんだ。

 

その後であるが

血まみれの私を見て友人は

すぐに救急車を呼んでくれた。

 

救急隊員はすぐに到着してくれたが手錠をされているので

 

私を運ぶことができない。

救急隊員は消防隊に連絡をとった。

消防隊員が部屋に到着すると、手錠を特殊なカッターで切断をしてくれた。

その時点で事件性がありと判断したのか

ご丁寧に警察にまで通報をしていた。

病院で治療が終わり体調の回復を待つ間ベッドで休んでいたのだが

刑事が

「どこのヤクザにやられのか?」とひっきりなしに聞いてくる。

私は

何もしゃべりたくない。被害届もださない。

 

の一点張りで刑事達に帰ってもらい。家路についた。

 

結構な騒ぎであったのでその日以降

和美はアパートには帰ってこなくなった。

 

その二日後の午前7時の朝早いチャイムで私は

目を覚ました。。

 

インターホンを見ると

屈強な男が5人ほどいる。

刑事だとすぐに分かった。


和美がいなくなってはいたがこのままで終わるはずがない

思っていたので

悪行の証拠となるものはすべて処分していた。

 

今日はおそらく和美の件での家宅捜索であろうと高をくくり

「はいはい、どうぞ。」とドアをあけると

刑事はすぐに

 

「かんじゅんだな。お前には逮捕状がでている。容疑はどこどこのコンビニで万引きをした窃盗容疑だ。」

と告げられた。

 

万引き????

しかもコンビニで??

 

全く身に覚えがない。

私が呆然としていると刑事は

 

「まぁ、色々いいたいことはあるだろうから署に行こう」と言われて

私は手錠をかけられて車に乗せられた。

 

署につくと私はすぐに尿検査を任意で求められた。

ちなみに私は窃盗罪での逮捕である。

もちろん断る理由はないので

なみなみと容器にしぼりたての尿をそそいだ。

私はすぐに和美が逮捕されたのだと分かった。

 

その後取調室に連れて行かれた。

 

「お前、嫌がり暴れる和美に無理やり覚せい剤を打ってシャブ漬けにしたみたいだな。」

言われた。

人生観が変わるぐらいの裏切りにうんざりした。

和美は覚せい剤の罪をすべて私になすりつけているみたいだ。

 

「ていうか、暴れる人間に注射って看護師でもできなと思いますけど。」と言うと

「自分の女もかばえないのか」と刑事はあおってくる。

 

かばうはずがない

なにせ、私は人生観が変わってしまったのだから。

 

「それより、今回の万引きってなんですか。全く心当たりがないんですが。」

すると刑事はコンビニの防犯カメラを見せてくれた。

私は商品を購入してレジで料金の支払いをしていた。

なんと、その間に和美が万引きをしているのが鮮明に映っていた。

正直

全く気が付かなかったのだが

警察の論理は私も当然知っている。

だから

共同正犯が成り立つという流れで逮捕したみたいだ。建前は。。。

 

どうせ

私も覚せい剤を使用しているのだろうと判断し

逮捕に踏み切ったのだと私は解釈した。

しかし

これは始まりでしかなかった。

逮捕から5日がたったであろうか。

 

私は

覆面のパトカーに乗せられて別の警察署へと連れて行かれた。

まじかよ。。

再逮捕か。

と気分は憂鬱であった。

護送をしている刑事に

「再逮捕するなら、万引きで別件とかやめてくださいよ。」と悪態をついたが

刑事は

「もう、逮捕の予定はないよ。かんじゅん次第だけどな。」と意味深なことを言った。

 

手錠をかけられ別の警察署につくと

マジックミラーがある取調べ室にいる人を見るようにと指示された。

目を凝らして見ると

昔は覚せい剤の売人をしていたが現在は建築業を営んでいる

顔見知りがいた。

反社会勢力の父親の監視があるので今は、間違いなく覚せい剤をしていないはずだ

「かんじゅんが見ているのは、たけしだよな」と刑事が聞いてきた。

「いやー、わかりませんね。」と私。

「ふーん。」とつぶやいただけであった。

その後

所轄の警察署に戻り、取調べが始まった。

「和美は、たけしから覚せい剤を買ったみたいなんだよね。」とにやりとした。


「え、今はさわっていないはずですよ。尿からはでたんですか?」と聞いた。

やっぱり知っていたかという顔をして答えた。


「それが、でていないから困っているいるんだよ。」

大変なことである。

おそらく和美は卸元をしゃべれば早く出してやると言われたのであろう。

しかし、卸元は現役の反社会勢力。。。

なので仕返しがあるかもしれない。

たけしは、堅気だし現在はさわっていないからちくっても問題はないであろうと判断したみたいだ。

いくら堅気とはいえ父親は怖い人である。

それに何も罪をおかしていない、たけしは覚せい剤の営利目的で逮捕。

営利目的は罪が特に重い。

 

起訴されると前科のあるたけしの言い分は100%通らない。

間違いなく3年近く刑務所に行くことになる。

真面目に働いているのにである。

たけしからしたら青天の霹靂であったに違いない。

 

これはかなりやばい。

腕から先がなくなってもおかしくない。

「和美の調書だけでは、公判を維持できない。お前もたけしが

シャブを売っていたことは知っていただろ。調書にサインしてくれよ。」とのことだった。

板を思い浮かべてほしい。

一本の棒ではとても不安定で支えられない。だから、もう一本が必要。。

 

私はそのために逮捕されたのか。

ここは、なんとしてもうまくまとめなければならない。


「サインできるわけないだろ。ふざけるなよ。」と私はチンピラ丸出しで言った。

「そうか、気が変わったらいつでも言ってくれよ。」とその日は留置場に戻された。

 

その日は恐怖で一睡もできなかった。

 

次の日も朝からの取調べであった。

しかし

取調べは暴力団対策課である。

もう意味不明である。

「かんじゅん、○○の店が銃撃されたの知っているよな。」と聞いた。

「知ってるけど。」

「あの事件は、バイクから発砲したんだけど

お前確か、バイク上手かったよな。」とかまされた。

「もう乗ってないから、腕は落ちてますよ。」と私

 

「随分と、反抗的だな。服ぬげ。」と叫ぶ。

 

はいはい。

私が少年時代に逮捕された時には柔道着を着せられて、何度も丁寧に教育をしてもらった。

言われた通りに服を脱ぐと


いい体しているな。お前なら、片手で銃打てるな。」としばしの沈黙。

色々な意味でガクブルである。


「まだまだ、聞きたいことがあるから覚悟しておけよ」と捨て台詞を吐かれてその日は

取調べが終わった。

 

私は連日の取調べと睡眠不足から精神的に弱ってきていた。

もしかしたら銃刀法違反で逮捕するのではということが頭によぎった。

 

銃刀法で逮捕・起訴されると確実に6年は家に帰ることができない。

それからも連日の取調べが続いた。

たけしのことの調書にサインをしたら

そのまま帰してくれるのだろうか。

そんな情けないことを頭に浮かべながら刑事の話を上の空で聞いていた

 

「かんじゅん、たけしは弁護士も二人つけているぞ。お前、やばいんじゃないか」と大声で怒鳴りつけてきた。

 

この瞬間何かがはちきれて

一気に冷静になった。

こいつらは和美以外は起訴できない。焦っている。

と確信した。

 

しかし、たけしが逮捕されている以上私は、なんらかのアクションをおこして

たけしの逮捕と私は無関係であるということを社会にしめさなければ

私の居場所はなくなる。

 

私は、一計を案じることにした。

具体的には

公務執行妨害で逮捕されて検察の調書を巻いてもらい

ことの顛末をおおやけに残そうと思った。

 

私の身柄の勾留期限はもう残りわずかである。

すぐに行動に移した。

立ち上がり刑事の胸倉をつかみかかり

「○×、○×」と詰め寄った。

 

そこから私は予想外の展開にびっくりする。

 

なんと刑事がびっくりした顔をしている。

頼む、俺を公務執行妨害で逮捕してくれ 

 

2秒ぐらいたっただろうか。

まだ、アクションがない。。。

 

仕方なく、ドアに蹴りを入れてさらに叫んだ。


ドアを蹴る際は、細心の注意をした。器物損壊をしないようにである

すると

やっとのことで応援の制服の警官が押し寄せてきて

逮捕である。

 

その後、検察官に送致されたのだが

検察官には

「柔道の有段者である警察官に、君が胸倉をつかめたとは思えない。」と

びっくりすることを言われた。

 

お咎めなしである。

 

その後私は

釈放された。

しかし

たけし側の誤解は解けていない。

私は釈放された次に日に

所轄の警察署に再び逮捕されるつもりで

殴り込みに出かけた。

じゃないと私は困るのだ。

 

これには

担当をした刑事一同びっくりの行動であったみたいだ。

 

結論をいうと

逮捕されることはなかった。

 

その後詳しくは書けないが

大人のやり取りをしてことを収束させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はじめて覚せい剤をみたのは

18歳の春であった。

 

当時私の上司にあたる人物が売買をしていた。

 

私は客を待つ車内で上司に見せてもらった。

 

少量の結晶が入ったパケ袋を手に取り

夜だったのでルームライトをつけてパケ袋を見ようとすると

 

上司から鉄拳が飛んできた。

「バカたれ、これは仕事だぞ。ふざけているのか。目立つことは一切するな。」

と矢継早に怒鳴られた。

 

まだ、18歳で少年法に守られていた私にはその罪の重さうかがい知ることができなかった。

 

別の先輩は

 

 

「かんじゅん、不良していたら必ずさわる物(使用するの意味)。だから、早ければ早い方がいい。こんないいものはないから。」


と勧められたこともあった。

 

わけのかからない理屈である。

 

こんなこともあった。

 

某繁華街のキャバクラにて俺が酒を飲んでいる時、ついたキャストが挙動不審であった。

 

冗談で「今日は、逮捕しにきた」といった。

 

通常このような逮捕の仕方を警察はしない。

 

しかし、彼女は「○○に無理やり打たれたんです。」とおびえながら言った。

 

いきなりチンコロかよ。

男冥利につきるなと思った。

そのキャストは、洗いざらい喋った。

 

男の入手先、所属する組織名。誰々も使用している

 

聞きたくないことばかりだ。

 

それに無理やり打つなど、看護師にもできる芸当ではない。

 

次に使用するとどのようになるか。今から記すことは、すべて事実である。

 

 

・T先輩のケース  

 

この先輩は、中学の頃からイケイケであった。

地元では知らないものはいない。

 

時は経ち、私は19歳。

那覇市の先輩たちと悪巧みをしていた。


 

T先輩と私は沖縄の中部が地元である。


ふとした時にT先輩の話題になった。

 

私が昔からイケイケだったことを話すと、なぜか皆笑っている。

 

話によると、今は覚醒剤中毒でみなからバカにされているみたいだ。

 

信じられないといったことを口にした。

すぐにそのことを後悔することになる。

「わかった。かんじゅん、お前がTを呼び出せ。もの(沖縄では覚醒剤の隠語、注射器をバッターという)あるからって言ったらすぐに来るよ。」


断れる雰囲気ではない

 

しかし、伝説のT先輩にこんな怖いことはしたくはない。結局、押し切られる形で恐る恐るT先輩に電話をいれた。

 

「かんじゅんですけど、ものあるんですけど、那覇まできませんか」といった。

 

数年前であれば、ボコボコにされてもおかしくない。

 

T先輩は足がないみたいだ。お金も・・。正直ほっとした。

 

しかし、まわりが許さない。

 

Tは車いすだったか?

足は両方あるはずだ、歩いてこい!!と交渉するように言われた。

 

ちなみに私の地元から那覇市までは、直線距離にして約10キロ。

 

下品なバイク・車にしか乗った姿しか記憶にないT先輩が到底、歩いてくるとは思えない。とても怖い。

 

しかし、断れない。明日からしばらく東京に逃亡生活だなと腹をくくり

 

「歩いてきてくれませんか」と言ってみた。

 

しかし、意外な言葉がT先輩の口から出た。

 

「わかった。二時間ぐらいで着く。かんじゅん、ありがとな!!」

 

ありがと??あのT先輩の口から、ありがと??私は感謝されることをしているのか。

 

いや、間違いなく地元に居場所を失ってもおかしくない行為をしている。

 

悪い夢を見ているようだった。しかし、二時間後にT先輩は、やってきた。

 

汗まみれである

 

当然だ。健康のためにだって10キロという距離を歩く人間は少なはずだ。

 

ここから、もっと異常な事態をみることになる。

 

那覇の先輩方がT先輩に渡したバッターは、何かの原因でつまっているものに覚醒剤をいれたもの

 

つまり、針を体に打ち込んでも、覚醒剤は体内には入らない。

 

しかし、T先輩は必死だ。

かわいそうなぐらい。やかんでお湯を沸かし、バッターをあたためたりと、とにかく異常なぐらいの執着だ。

 

例えば、タバコをすいたいが、ライターがない。

周りには店もない、人もいない。

この人は、原始人のように、板の上で鉛筆のようなもので、板を削ってまで火をおこそうとするだろうか。

 

しないはずだ。しかし、このような行為をT先輩は、必死で行っているのだ。昔の面影などどこにもない

 

伝説のT先輩・・。

他人様の家を不法に占拠し、飲み会、当たり前のように逮捕、当たり前のように余罪がこれでもかというぐらい出てきて、少年院送致。

 

少年院では、職員が気に食わないといった理由で首を締め上げ、中々死ななかったとういう恐ろしい理由でボールペンでめったざし。

 

当然、特別少年院送致。

 

私が暴走族のころに

下品なバイクで信号待ちをしていると

さらっと

後ろから頑丈な高級外車をぶつけてきて

「じゃまだ、どけ」と何事もなかったように去っていったこともあった。

 

警察の何倍も怖かった。

 

こんなT先輩が目の前で、0.1グラムにも満たない白い粉に魅せられてみっともない行動をしている。

 

最終的には、T先輩は覚醒剤を摂取し、ご満悦であった。

次にT先輩にあったのは刑務所の中だ。


頭は禿げ上がり、最初は誰だか分らなかった。

 

初めに声をかけたのは、T先輩の方だった。


「かんじゅん、久しぶり!!」

 

私は「すいません、どちらさんですか??」


「Tだよ。お前、薬のやりすぎでおかしくなったのか」


こっちのセリフである。

 

それぐらい誰だか分らなかった。

運動の時間だったので、20分ぐらい話をした。


8つも離れている、弟になりすまし消費者金融から詐欺をしたのだという。

耳を疑った。


しかも、両手の小指がない。

どちらかというと、こっちのほうが気になった。

 

理由を聞き、さらに耳を疑った。


ヤクザの事務所から、金と高級時計を盗みそのけじめとして、指を落としたという。

その後、T先輩には会ってない。

T先輩が、俺に最後に残した言葉は「かんじゅん、あの時ありがとな」であった。


あの時といったら、あの時しかない。繰り返す。俺は、彼に感謝されることはしていない。

 

・隣町のY先輩のケース  


Y先輩は覚醒剤と酒が大好きであった。


とにかく四六時中、化学の力で気が大きい人だった。


毎晩のように繁華街に繰り出しては、喧嘩・・。

 

というより、因縁をつける。わざと、自分から肩をぶつけ、相手を殴るける。

 

けど、相手は選んでいるようだった。

 

相手が4人までなら、躊躇することなく因縁をつけていた。一度だけ止めたことがある。

 

相手は4人。その中に女性がいたからだ(ただのスケベ心です)。

 

その時の、女性が言った。

「なぜ、このような理不尽な目に合わなければならないんですか?」


覚醒剤に溺れてましてとは言えるはずもなかった。

 

しかし、このような行いを繰り返している者が、長くシャバにいれるはずもない。

 

このY先輩は、結婚もしているにもかかわらず、彼女がいた。しかも夜の街でホステスまでさせていた。覚醒剤ほしさだ。

 

ある日、このホステスが働くお店で飲むことになった。当たり前の話だが、彼女は別のお客さんに着くこともある。

 

あろうことか、Y先輩は彼女が別のお客さんを接客しているのを見て非常に機嫌が悪い。

 

接客している客に対して、カラオケのマイクを投げつけた。もちろん喧嘩になる。悪いのは私たちなので、当然店を追い出される。

 

やっと帰れると思いその日は、家路についた。その二日後、Y先輩は新聞を賑わすことになる。

 

もちろん現在は刑務所にいる。「薬さえしなければ、いいひとなのに」皆口をそろえて言うが、いい人はそもそも薬なんてしないものだ。

 

・同級生のI君のケース  もっともひどいケースであり、覚醒剤の撲滅のために記したい。

I君は13歳のころから、シンナーからを吸引していた。

自然の流れで覚醒剤のへと移行した。

残念なことに13歳からI君のシラフを見たことがない。

10年位たったころだろうか、真夏の日にI君から悲鳴にも似た声で呼び出しがあった。

ただならぬ様子だったので、I君のアパートへ急いで向かった。

I君は、真夏にも関わらず、窓を閉め切りクーラーを消して汗まみれだ。

それにもかかわらず、寒いを連発。

I君の命の危険を感じたので救急車を呼んだ。


現在は精神病院で治療中で知能は5歳児以下と言われている。

 

 

とにかく覚醒剤の使用はロクな結果にならない。何があっても手を出すべきだはない。

 

突然だが

 

サラリーマンになった。

 

昔の友人は私がサラリーマンになったことに衝撃を受けているみたいだ。

 

実をいうと

私は結構な昔から

サラリーマンになりたかった


よく友人達に

 

「サラリーマンになって、接待ゴルフとかしてみたいよ。」

などとアホのようなことをよく言っていたものだ。

 

しかし

私の想像と

現実は違うものだ。

 

私の会社は複数の店舗を運営する会社であるのだが

 

初日の仕事は

 

なんと

 

駐車場の整理であった。

 

しかもその日は新店舗オープンのため

日曜日であった。

 

午前中に店舗につき

私は私の上司にあたる者と早速準備に取り掛かった。

 

その日は

気温は32度の梅雨明けのとても暑い日であった。

 

オープンの時間になると私達は駐車場に移動した。

 

そういうめでたい日なので社長もオープンの様子を見に来ていた。

 

上司は私より10くらい年上で別の店舗の店長である。

 

ほどなくしてたくさんのお客さんが車で来店してきた。

とても忙しい。

 

汗が止まらない。

 

社長はときおり車の入りを見て満足そうであった。

 

上司はというと

社長がきているからなのかとても気合が入っている。

 

「かんじゅん、きつくなったら休んでいていいから。」と社長の前で

 がんばってますのアピールをしていた。

 

ほぉ。

そう言われると私は意地になって休みたくなくなった。

 

午後の一時をすぎたころだろうか。

 

件の上司がとてもきつそうである。

 

 

今度は私のほうが

「先輩、先に休んでください」と言った。

 

しかし

「いや、俺は大丈夫だから」と言った。

 

ほぉ。

ますます、休むわけにはいかない。

 

それから一時間がたった。

 

上司は、顔が赤くなり耳までほてっている。

とても苦しいそうだ。

 

もう少しだ。

 

私は心の中で思い、大量に水を飲み、塩をなめた。

 

それから40分ぐらいたっただろうか。

 

とうとう上司はクーラーのきいた店舗でダウンした。

 

私は

心の中でガッツポーズをした。

 

その後

 

私はというと

来客がおちついていたので駐車場の木陰に行き

頭から水をかぶったりして冷をとっていた。

 

五時になり店舗の事務所に戻った時には

上司は氷を頭にあて横になっていた。

 

その横を私は

 

涼しい顔をして

「おつかれさまです」と笑顔で家路についた。

 

そのような経緯があったので私は

上司から早々に嫌われることになる。

 

後日に社長から

上司がいる店舗を掃除してくるように

命じられた。

 

 

私が店舗を訪れて

上司に

「社長に言われて、店舗の掃除にきました」と言った。

 

すると上司は

「私がするから、戻ってくれ」


とむすっとした表情で言われた。

 

私は

「ありがとうございます。」と言い


寄り道をたっぷりとして本社に戻った。

 

翌日

その上司と本社で業務の打ち合わせをしていると

 

社長が

「かんじゅん、昨日は掃除ご苦労だったな。」


と言って肩をポンとたたき外出をした。

 

上司は

はじめ唖然とした顔から怒りの表情になった。

私は

 

笑いをこらえるのに必死であった。

 

おそらくさらに私のことが嫌いになったであろう。

 

その日の夜は

一連のことから私は以外をサラリーマンに向いているのかもしれないと

思った。

私は薬物が大嫌いである。

 

16歳の時に好きだった子の兄が

シンナー吸引をして

飛び降りをした。


そのショックで大好きだった子まで

おかしくなった。

 

こんな出来事があったので私は薬物が大嫌いである。


しかし、私は薬物ではとても苦労をした。

 

なにしろ私がチンピラをしている頃


回りは

中毒者ばかりであった。

 

助手席に中毒者の乗せた時に

軽トラックを追い越した際には


「てめー、今の警察だったじゃねーか。俺をパクらす気だろ」


と言われたこともあった。

 

はいはい、また被害妄想か。。。


とうんざりしていたら


カッターナイフを顔に突き付けられ

びっくりして

あわてて弁解したこともあった。

 

しかし一番の苦労は

和美(仮名)とのことであったことであった。

 

和美との出会いは北部地方のスナックであった。

 

「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」

という具合の超がつくほどの美人であった。

 

すこしばかり不幸な顔をしているところも私のツボであった。

 

出会ってしばらくして

私達は那覇市内で生活をすることになったのだが


その時にはじめて和美が覚せい剤中毒ということに気が付いた。

 

まわりにはたくさんいたし


愛があればやめてくれるであろうと

 

私は、お花畑のようなことを夢想していたが

 

まわりにいるのと

一緒に生活をするのではまったくわけが違うし

そもそも共依存という状態に陥ってしまう。

 

和美は那覇にきてからは覚せい剤を使用する頻度がとてもひどくなった。

 

お金がなくなるとツケで暴力団関係者から購入をするようになっていた。

 

暴力団関係者は商売なので

和美にどんどん覚せい剤をツケでまわし

付き合っていた私には

容赦なく追い込みをかけた。

 

 

そんなことに私はうんざりした日々を送っていた。

 

こんなある日

私が朝方の五時に仕事を帰ってくると

和美は

 

左腕の血管に注射器を差し込むところであった。

もう何回もこのような光景をみていた私は

 

「仕事でつかれているから寝るから」とただそれだけを言い深い眠りについた。

遠くで


「私は、部屋の掃除をしておく」という和美の声が聞こえた。

 

目が覚めると午後の四時になっていた。

11時間も寝ていたのかと思ったのもつかの間

 

鬼のような形相で

床を磨いていた和美の姿に私は戦慄を覚えた。

 

おそるおそる

「ずっと、掃除をしていたの?


と聞いた

「うん。」と上の空で答えて

なおも床を磨き続けている。

 

ここらあたりが潮時か。

と私は思い。

 

和美が覚せい剤を隠している場所から覚せい剤をとりだし

トイレにすべてを流した。

 

それを見た和美は

形相をかえて

「なにしているの」と私に言った。

 

「シャブはもう終わりだ。」と私は言った。

机越しに和美と向き合っていたのだが

 

顔面にむかってコップを投げられた。

あてるつもりはないだろうと高をくくっていたのだが

 

私の左目のすこし上に思いっきりヒットしてコップは割れた。

血が噴き出すのがすぐに分かった。

 

コップを投げたあと

和美は台所からアイスピックをとりだし

私に向かってきた。

 

狭い室内でもみ合いになったが和美の力は

華奢な体からは想像もできないぐらい強い。

 

3分ぐらいもみ合っただろうか。

私は左の首を

2.5センチぐらいアイスピックでハスられた。

 

そこからも血がふきだした。

 

私は

「俺が、悪かった。財布に金が入っている、流した分はすぐに買ってくる。もうやめてくれ」と言った。

 

そこで和美の攻撃は終わったのだが

今度は

「さっきの行動で、あなたのことが信用できなくなった。


とばかなことを言い出した。

 

 

結構な量の血がでたので、目の前が放送の終わったテレビのチャンネルのようにじらじらとしてきた。

 

「だったら、和美が買いに行けよ」と言った。

よっぽど信用ができないのか

 

ベッドの端におもちゃの手錠で私を

拘束して和美は出て行った。

 

その後私は

 

ポケットから携帯電話を取り出し

友人をよんで病院にいき治療をした。

 

その後紆余曲折があったのだか

和美とわかれることが私はできた。

きっかけはとてもささいなことだった。

 

私は、ラスベガスの

ホー○ーズホテルにて女性を買春することなく

 

真面目にルーレットやバカラにといそしんでいた。

 

運が下向きのなってきたので

ホテル内を散策し、休憩をとることにした。

 

プチVIPルームを覗くと某プロ野○選手が

女性を数人連れて大騒ぎをしている。

 

どうやらマジックタイムのようだ


(読んでごとく、何をしても魔法にかかったように勝ち続ける状態)

 

 

ゆるせない。。。。。

 

こちらは買春もせずにがんばっているのに。。。

 

そんな感情もあって私は

 

某野球選手のテーブルで勝負を張る運びとなった。

 

結果は散々であった


翌日までベガスに滞在しないといけないにも関わらず

 

所持金のほとんどを失ってしまった。

 

そんな事情もあり

 

次の日は


一回転5セントのポーカーマシーンの台にすわりながら

ウェイトレスの持ってくるビールをがぶ飲みしていた。

 

ラスベガスではカジノをたしなむ人にはただでドリンクを提供する。

その際は

ウエイトレスに一ドルのチップを差し出す。

 

5セントのポーカーマシン台に座ると10ドル使い切るのにだいたい60分位はかかる。


私は15分でコロナを飲み干すことが出来る。



コロナはもちろんタダもとい1ドル。

 

個々で計算してみる。

 

コロナをバーで注文すると7ドル×4本(60分で4本)=28ドル。

 

マシーン台に座った場合、10ドル+4ドル=14ドル。


半額である。


今回は大変せこい話になってしまい申し訳ない。


 

 

10円ポーカー。。

 

 

新宿の歌舞伎町などの繁華街にたくさんの店舗があったので、皆さんもきいたことはあると思う。

 

 

 

沖縄では

10円ポーカの代わりに100円花札がものすごく流行していた。

 

 

今でも

沖縄で喫茶店に入るとなぜか

花札の台がテーブルの変わりになっていることに疑問をもった方もいるではないでしょうか。

 

 

私が16歳ぐらいになると不良仲間の大半は、花札遊びを当たり前のようにしていた。

 

 

 

 

時は経ち、私は20代になり確信した。

 

ケーム喫茶で勝つことは100%ありえないと。それは、なぜか??

 

私が、ゲーム喫茶の経営者になったからだ。

 

詳細を省くことは容赦していただきたい。

当時

ゲーム機の中の基盤には携帯電話がついていた。

1回のコールでは3光、2回のコールでは4光、3回のコールでは5光が出る仕組みであった。もちろん、携帯電話はサイレントである。

 

つまり遠隔操作である。

 

 

実際に経営を始めると、儲かる儲かる。

 

面白いほど儲かる

 

しかし、いいことばかりではなかった。

 

大量の現金を若くして、苦労もせずに手に入れるとロクなことに金を使わない。

 

高級キャバクラ・風俗・高級車

 

身分不相応の行為を繰り返し、金はすぐに消えていった。

 

高級キャバクラで、きれいに着飾ったキャストにおべっかを使われ、それを真に受けていた。

 

それくらいバカになっていた。

 

その他にも苦労は絶えなかった。

 

警察と税務署である。

 

まずは、警察。違法行為をしているので、もちろん内偵は入る。

 

私は、警察関係者への賄賂は必要経費とは考えてなかった。だから、金を渡したことはない。

 

あるとき、店の近くで私服警官に話しかられた。


内容は、店内で賭博行為が行われているのではないか?

というところだ。

 

一切、そういった行為はないと突っ張ると


「かんじゅん、必ずしっぽつかんでやるからな」と怖い顔ですごまれた。

 

私はこう切り返した。


「僕のケツにしっぽ見えるんですか??覚醒剤ばかりしていると、○○さんみたいになりますよ」

 

ちなみに○○さんは、一切覚醒剤をなど使用していない。

 

ただ、警察には目をつけられていた。

 

すると、刑事の態度は変わった。話をきかせてほしいと。

 

私は、差しさわりのない程度に○○さんのことを話した。

 

 

税務署には、完全に負けた。

 

ある日、住んでいた、アパートに税務署の職員がきたことがあった。

 

私は、徹底抗戦した。

 

夏の暑い日であったのにクーラと電気を消し、窓を閉め切った。

 

私は、上半身裸だ。

 

むこうはスーツ。

 

「窓ぐらいあけてくれと」言われたが私は、開けることをしなかった。

 

その日は、5時間ほどで帰った。

しかし執拗な尾行がはじまり


私は完全に壊れた。。

 

心療内科に通院したぐらいだ。

結局

 

店を閉じ結構な額を納税した。

 

しかも借金をしてである。。。

https://twitter.com/kanjun007/status/458572665767219201/photo/1

 

とある日であった。

 

その日は、とても仕事が忙しく

私は、帰宅するとすぐに眠りに落ちてしまった。

 

目が覚めたのは、明け方の四時であった。

 

いくらなんでもはやく目が覚めすぎである。

「人は、こうやって年をとっていくのか」としみじみと夜の重さをかみしめた。

 

やることがないので那覇市内のさびれたスナック街を

歩くことにした。

 

その場所は、栄町とよばれるところでいまだにちょんの間が

存在する場所である。

 

明け方のためか

辺りは閑散としている。

 

ふと、歩いていると

熟女と熟年男性の声がドア越しに聞こえてくる。

 

(このブログでの熟女は65歳以上と定義する)

 

リンクの店からである。

 

「京子(仮名)、お前他に男いるんだろ。」

 

「何を言っているの、ひろし(実名)」

ウチナーイングリッシュ(沖縄の方言)で愛をささやき合っている。

 

いやー、おさかんですな。。。

 

話の内容から、私は

この二人は、そろそろおっぱじめるのでは


ていうか、私ならそろそろズボンをおろしているころである。

 

 

ことがはじまったらドアを間違ったふりをして

開けよう。

と私は、一計を案じたが

一向にことが始まる様子がない。

 

業を煮やしため

私は、ドアをあけて

 

「こんばんは、ウーロン茶ジョッキで!!」

と言った。

なにせ私は、数時間後には仕事である。

 

しかし、痛い視線を二人から

いただいた。

仕方がないのでカラオケをすることにした。

 

https://www.youtube.com/watch?v=whL0e_Qge2Q

 

この歌を選曲した。。。。

さらに場がこおりついたのは

言うまでもない。

 

まぁそれは

置いといて。

 

沖縄県では基本的に客引きに

ついて行っても極端に相場をうわまわる料金を請求されることはない。

 

しかぁ?し

この街だけは話が別である。

 

絶対に客引きについて行ってはいけない。

客引きをしていない店は

確実に安全である。

 

反社会勢力の方々も

この街では集金以外は外にでていることはない。

 

また客引きをしていない店には

 

某女子プロゴルファの行きつけの店や力士の行きつけの店も

ある。

 

まともな店とそうでない店が

渾然一体となっている

とても魅力的な街が栄町である。

 

アクセスはモノレール安里駅まで

行けばすぐにわかります。

このブログの長の、嵐さんに指摘されましたが自己紹介を忘れていました。。。。

 

正直に。。。

昔は、ロクなことしていなかったので思い出したくないですわ。。。。。

 

 

なので

まず

 

プレゼン形式で、少々。。。

私は、沖縄県出身の三十代で

 

http://www.amazon.co.jp/%E6%B2%96%E7%B8%84-%E8%A3%8F%E3%81%AE%E6%AD%A9%E3%81%8D%E6%96%B9-%E7%A5%9E%E9%87%8C-%E7%B4%94%E5%B9%B3/dp/4883929353

 

この本の著者です。

https://twitter.com/kanjun007/status/455667985349238785

10代の頃

このころの口癖は

 

さたでぃないとがとまらない。

一週間になぜか、三回ぐらいは言ってましたわ。。。

 

不良少年とよばれておりました。


https://twitter.com/kanjun007/status/455668105247588352


成人式

 

このころの口癖は

 

美人には飽きたんだよ。

 

女子に告白をされたことは、一度もないのですが男性からは二度告白をされていたました。

強がっていましたわ。

残念なことに。。。。

 

ゴロツキとよばれておりました。

 https://twitter.com/kanjun007/status/455668217713664000


(写真と本文は、あまり関係はありません。。。。。。)

 

二十代の前半

 

金融業を営んでおりました。

 

このころの口癖は

 

同情するなら店に来い。

さらに残念なことに

チンピラとよばれていました。

 https://twitter.com/kanjun007/status/455668306825838592


現在

不況の煽りながらも真面目に

リサイクル業を営んでおります。

口癖は

最近、あっちのほうがめっぽう弱くなって。。。。

普通の中小企業のオヤジです。

 

と、まぁこんな感じです。

 

くわしくは、海外ブラックロードポトキャスト かんじゅんの回をきいてくださいませ。。

 

追伸 画像のアップの都合上ツィーターにのリンクを張り、申し訳ございません。

 



 



私は、とあるとき某高速道路を運転し走行していた。 

連休なのか、非常に混雑している。
 その時、私の膀胱はパンパンであった。

 しかも、パーキングまであと5キロとあるが、車は一向に進まない。
 ときおり、二メートルぐらい気持ち進むぐらいであった。

 距離とは相対的なものである。
 例えば、私が東京にいて長野から女の子が 「少し、エッチな気分なの」と言われれば
私はすぐに車を飛ばす!!!

 その時、東京から長野の250キロの距離は限りなく近く感じるものだ。
 しかし、このような状態の5キロは、はてしなく遠く感じる。

 いよいよ我慢の限界に達した私は ドリンクホルダーにある水を飲みほし
チャックをおろすという行動にでた。

 しかも、アクセルとハンドルを操作しながらである。
 助手席の相棒は、あっけにとられて見ている。 そして、私はことにおよんだ!!! 

至福・快楽である。 

窓から隣のドライバーに目をやると、イライラしているのが感じ取れた。 

私の暴挙に気がついている様子は少しもない。 

背徳感も相まって

私は愉悦がこみ上げてきた。

 しかし、数秒後。

私は、大変な事態に陥る。

 なんと 私のパンパンの膀胱は500mlのペットボトルではおさまりきれないことに気が付いたからだ。

 あわてて、肛門の括約筋に全神経をそそいだ。

 にぶい痛みが、尿道にはしった。

助手席の友人にすぐにペットボトルを空にしてくれと頼んだ。

 ことがことだけに友人は、すぐにペットボトルを空にしてくれた。
 私は、すぐさま自分が手にしているペットボトルをドリンクホルダーにおき 友人からとった
ペットボトルでことの続きを行った。
 再び、しばしの背徳感のあと

 ふっとため息をつき

ペットボトルの蓋をしめ、相棒に謝罪し

 そのペットボトルを相棒に迷惑をかけないように後部座席の下にそっとおいた。

 しかし、それから さらなる地獄が私を待っていた。

道路は相変わらずの渋滞である。

 私は、何も考えることなくドリンクホルダーからペットボトルをとり口にした。

 しまった。。。 
と思う間もなく 口にはほろ苦い香りと味が広がった。

 小学校三年生の時、初恋のセイラちゃんの アルトリコーダーの先っちょを 自分の物と交換した疑惑がクラス中で噂になり 初恋が終わった瞬間を思い出した。

 苦く、せつない。。。。 そんな味だった。

 しかし、相棒がいるので吐き出すわけにはいかない。

 私は、苦悶した。 

 以上。

 結論 乗り物移動の前には必ずトイレに行ってください。