2014年8月アーカイブ

先日仕事で同僚ちゃん達と9人ほどで、台北の数箇所のホテル見学に行った。  

 

 

 

 

ちなみに私、仕事の時は化粧はファンデ+アイブロウってな感じで、気合抜けまくりの格好をしている。しかも台湾の会社だから、日本のお勤め時ではありえないような服装である。社内業務でお客さんに会うこともないので、社内はみんなだいたいラフすぎる格好。この日のホテル見学は急遽決まった見学だったので、ボーダーのTシャツにパンツという、これまたラフすぎる格好。かくいう同僚ちゃんたちも、ほぼ似たような感じ。端から見ると、大学生の社会科見学という風にしか見えないのではないだろうか。 

 

 

 

ただみんな同じ位ラフな格好をしているのに、不思議な事にどのホテルに行っても、ホテルの責任者に私が日本人だと一発でバレる。なんで分かったのか聞いても「どこから見ても日本人っぽい。顔もそうだけど雰囲気もね」と言われる。ちなみに同僚ちゃん達も絶対日本人以外に見えないという。なんで?と聞いても、もう雰囲気が日本人だからそうだ。台湾に住んでだいぶなるが、これっていいんだか悪いんだか。苦笑

 

 

でも、台湾に来てよく言われる言葉に「有気質」という言葉がある。これは「品がある」という意味。日本にいた時なんて、そんな事自慢じゃないが一度も言われた事ない・・・。しかし台湾に来て、本当によく言われる。おそらく日本人は結構言われているのではないだろうかと思う。だって本当に品が無い私でも本当によく言われるのでね(威張る事じゃないですけどもw)ただ台湾にいる時は、日本人として色々気をつけているつもりなので、これを言われるのはやはり嬉しい。だって海外に出て、やっぱり日本の恥にはなりたくないですからね。

 

 

 

前置きが長くなったけど、そんなわけで台湾人はいろんな友達に聞くと「日本人と韓国人は、ほとんどの台湾人はおそらく見てすぐに分かる」という人が多い。雰囲気もしかり、服装、化粧、顔の作り等で何でか分かるらしい。私も若い人なら何となく服装や化粧の仕方とかで日本人だと分かる人もいる。中には台湾人だろうなと思っていて、横をすれ違った時に日本語で喋っていて、日本人だったんか!という人もたまにいるが。苦笑

 

まぁ目がよくないから、よく見てないっつーのも理由ですけれども。映画見る時くらいしかメガネかけんし。←普段もかけんかいww

 

 

 

 

まぁそれで・・・先日、非常に残念な出来事に遭遇した。

 

 

 

 

会社の下にあるセブンイレブンでレジ待ちをしていた時のこと。お昼時という事もあり6人くらい並んでいたのだが、一番先頭にレジをして貰っている3人組の女子がいた。その3人が買っていたのは、フローズンのようなもの。

会計が終わり、それをもってコンビニを出ようとしたまさにその時、一人がコップを手から落とし、豪快にフローズンを床にぶちまけてしまった!!みんな一斉にそっちを見る。しかもその時レジには会計をしてくれるお兄さん一人だけだったので、お兄さんは掃除しにいこうにもレジを離れる事は出来ない。お兄さんも当然気づいてはいたが、とにかく今目の前のお客さんを裁くのに必死である。その3人は「あっ!」とだけ言い、オロオロしている。ティッシュで拭こうにも、とても拭ききれる量ではないので、まぁテンパるのも無理は無い。

 

 

そのまま1分ほど、3人で顔を見合わせていた。

 

 

私は彼女らがそのままお兄さんのレジの会計が終わるのを待って、当然謝るタイミングを待っていると思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

そのまま何事も無かったかのように、その落としたコップをカウンターの上に置いて、そそくさと早足で去っていったではないか!!!!これにはさすがにその場にいた全員唖然。

 

 

 

 

 

なんつー無礼なやつらだ!!と思っていたら、そこに店長さんが帰ってきた。

 

 

 

 

 

 

(店長さん)「おいおい。なんだこれは!!どうしたんだ、一体?!」

(店員のお兄さん)「さっき日本人の観光客がそこで誤ってこぼしたんです。後で掃除しますから」

(店長さん)「まったく。。。しょうがないな・・・。」 

 

 

 

 

 

そういって店長さんは奥からモップを持ってきて掃除を始めた。 しかも店長さんがモップをとりに行っている間、誤ってそこを踏んだ人も数人いて(入る時に気づかないかぃ?ってくらい豪快にこぼしてたんですけどもw)、まさにコンビニの入り口は大変な事になってしまっていた・・・。

 

 

 

彼女らは中国語が出来なかったようで、店員のお兄さんと会話は無かったよう。だが・・・お兄さんの方は見てすぐに日本人と分かった。しかも私の会社の付近は旅行者が多く、彼らも普段見慣れている為、すぐに判別できたのだと思う。ちなみにあの格好と化粧の仕方は絶対に大陸人ではない。私もほぼ9割方日本人だったと見ている。

 

同じ日本人として申し訳ないと思う気持ちと共に、なんだかいたたまれなくなってきた・・・。

 

 

 

中国語が出来ないのは仕方ないよ。でもさ、ソーリーくらい言えるでしょ?最低限のマナーでしょ?

 

間違いなくあの場にいた人達の日本人に対する印象、マイナスになってるよ?

 

 

 

海外だから羽を伸ばしに旅行に来てるのは分かるけど、モラルの低さで他人に迷惑をかけた上に、民度を下げるような行動は本当にやめていただきたい。

 

 

本当に日本人なのか!?もしそうなら、「ソーリーくらい言えないんですか!?」と言ってコンビニに引き戻したかったが、その店員さんと店長さんの会話を聞いてすぐ外に出ると、もう既にいなかった・・・。

 

 

 

 

もし仮にそんな事をしても、彼女らの旅行の思い出は悪いものになっていたのかもしれないから言わなくてよかったのだろうか・・・。だけどこういう事は私は本当に嫌いだし、許せない。何より人としてどうかと思う。 しかもこういう輩は、またどこか違う国に行っても何かしら失礼な事をやらかしてしまいそうだしね。早いうちにお灸をすえておいた方が良いと思うんだ。・・・まぁあんな調子じゃ、いつかはどこかで必ず痛い目にあいそうだがね。

 

 

彼に帰ってその話をした。「今日こういう事あってさ。残念だわ・・・。日本人って世界で一番礼儀正しい民族とまで言われているのに。・・・絶対日本人の印象悪くなってるよ・・・」というと「ソーリーなら子供でもいえるのに、それを言わないっていうのはさすがに印象悪いよね。言葉分からなくても、ごめんなさいっていう動作くらいできるだろうし。しかも日本人って行儀が良いし、礼儀正しいイメージがあるから、余計に残念な気がするよね・・・」と聞いて、だよなぁ・・・と改めて思った。

 

 

 

 

台湾に来て初めて見た、観光客のオイタ現場でございました・・・。海外に出たら、自分はその国の顔になる、という事をどうか忘れないでいただきたいものです。

 

昨年8月にやった健康診断の結果が最悪であった。

中性脂肪と尿酸値が高すぎて、アンドル・ジュンに似ている女医から尿酸値を下げる薬を投与するようにすすめられた。

この尿酸値だといつ痛風が襲ってくるかわからないと・・・。

なんか死刑の宣告をされているようであったが薬を拒否した。

「薬なんて嫌です。自力で治します」

俺がそう言うと女医は

「わかりました。では3か月後にまた来てください。それまで良くならなかったら薬を飲んだ方がいいです」

その後、俺は海外に行き、帰国したものの、あまりの忙しさに行くのを忘れていた。

今回の検診。自信はなんかあった。

そして本日、検査結果を聞きに行った。昨年とは違う女医が相手をしてくれたが開口一番

「ほぼパーフェクトです。尿酸値はもう少しですね」

医者に努力したことを伝えると褒められた。努力すれば報われることを改めて感じだよ。

俺が1年でやったことをまとめてみよう。

1・体重の増加がそもそも原因なので、体重を下げた。1年で4キロ減。無理なダイエットはしていないし、食事制限と運動を増やしただけだ。どうしても食べたいものは無理はしないで食べたよ。

2・運動をする。

有酸素運動を増やした。部屋で缶詰状態の場合、前ならどこにも出かけなかったが散歩に行くように。
雨や暑い日は、スクワットなど、体幹を鍛えた。

3・酒はなるべく控えた。週に1・2回かね。

4・食事をとる前に豆腐やサラダを食べてから、おかずと米を食べるようにした。

5・魚食中心。

肉はなるべく食べない。もともと魚介類が好きなんで苦ではなかった。揚げ物・唐揚げ、天ぷら、カツなどはなるべく遠ざけた。

6・ストレスを溜めない。

なるべく怒らないように、自制できるようになったし、かなり物事をいい加減に考えられるようになった。悩み事やストレスを溜めて病気になるんだったら、それだったら考えないようにした。


まあ、こんなところかな。凄く簡単であった。問題はこれを持続することが大変なようであるが、これまでも比較的楽だったんで、大丈夫かな? なんて、楽観的に考えている。

これを読んでいる若い人たちは健康なんで無関心であろう。俺もそうだった。

10年経ったらこれを参考にしてください。


先週、高円寺のパンディットにてラジオの公開収録をやった。

ゲストは、さくら剛君。

そんで和田虫象も追加ゲストで出演した。客の入りはまあまあで、海外ブラックロードpodcastをはじめ、さくら通信やトリカゴ放送のリスナーもいたよ。

残念だったのは、女性客が少なかったのと、俺の本を購入してくれた人がいないことだ。会場に来た人は入場料と飲食代を払ってくれているからまあ、文句はいえないけど、一冊も持ってないのなら一冊は買って読んで欲しいものだ。

うちのラジオを通勤・通学途中に聞いていて毎週の更新を非常に楽しみにしている人が数人いた。彼らは俺の本を読んだことがないようだ。ほとんど無償でラジオをやっている俺たちの本を一冊も持っていないならご褒美に本を買って欲しいものだ。

はっきり言ってラジオを聴いている人よりも本を毎回買ってくれるひとの方が大事である。



いづれにしろ来場してくれた人に感謝である。

次回は、たぶん来年にやると思う。ゲストはもう決まっていて、石田ゆうすけ君にしますのでお楽しみに。

前の記事で

 

和美は私をベッドの端におもちゃの手錠で

拘束して出て行った。

と書いた。

 

その後

私は友人を携帯電話でよんだ。

 

その後であるが

血まみれの私を見て友人は

すぐに救急車を呼んでくれた。

 

救急隊員はすぐに到着してくれたが手錠をされているので

 

私を運ぶことができない。

救急隊員は消防隊に連絡をとった。

消防隊員が部屋に到着すると、手錠を特殊なカッターで切断をしてくれた。

その時点で事件性がありと判断したのか

ご丁寧に警察にまで通報をしていた。

病院で治療が終わり体調の回復を待つ間ベッドで休んでいたのだが

刑事が

「どこのヤクザにやられのか?」とひっきりなしに聞いてくる。

私は

何もしゃべりたくない。被害届もださない。

 

の一点張りで刑事達に帰ってもらい。家路についた。

 

結構な騒ぎであったのでその日以降

和美はアパートには帰ってこなくなった。

 

その二日後の午前7時の朝早いチャイムで私は

目を覚ました。。

 

インターホンを見ると

屈強な男が5人ほどいる。

刑事だとすぐに分かった。


和美がいなくなってはいたがこのままで終わるはずがない

思っていたので

悪行の証拠となるものはすべて処分していた。

 

今日はおそらく和美の件での家宅捜索であろうと高をくくり

「はいはい、どうぞ。」とドアをあけると

刑事はすぐに

 

「かんじゅんだな。お前には逮捕状がでている。容疑はどこどこのコンビニで万引きをした窃盗容疑だ。」

と告げられた。

 

万引き????

しかもコンビニで??

 

全く身に覚えがない。

私が呆然としていると刑事は

 

「まぁ、色々いいたいことはあるだろうから署に行こう」と言われて

私は手錠をかけられて車に乗せられた。

 

署につくと私はすぐに尿検査を任意で求められた。

ちなみに私は窃盗罪での逮捕である。

もちろん断る理由はないので

なみなみと容器にしぼりたての尿をそそいだ。

私はすぐに和美が逮捕されたのだと分かった。

 

その後取調室に連れて行かれた。

 

「お前、嫌がり暴れる和美に無理やり覚せい剤を打ってシャブ漬けにしたみたいだな。」

言われた。

人生観が変わるぐらいの裏切りにうんざりした。

和美は覚せい剤の罪をすべて私になすりつけているみたいだ。

 

「ていうか、暴れる人間に注射って看護師でもできなと思いますけど。」と言うと

「自分の女もかばえないのか」と刑事はあおってくる。

 

かばうはずがない

なにせ、私は人生観が変わってしまったのだから。

 

「それより、今回の万引きってなんですか。全く心当たりがないんですが。」

すると刑事はコンビニの防犯カメラを見せてくれた。

私は商品を購入してレジで料金の支払いをしていた。

なんと、その間に和美が万引きをしているのが鮮明に映っていた。

正直

全く気が付かなかったのだが

警察の論理は私も当然知っている。

だから

共同正犯が成り立つという流れで逮捕したみたいだ。建前は。。。

 

どうせ

私も覚せい剤を使用しているのだろうと判断し

逮捕に踏み切ったのだと私は解釈した。

しかし

これは始まりでしかなかった。

逮捕から5日がたったであろうか。

 

私は

覆面のパトカーに乗せられて別の警察署へと連れて行かれた。

まじかよ。。

再逮捕か。

と気分は憂鬱であった。

護送をしている刑事に

「再逮捕するなら、万引きで別件とかやめてくださいよ。」と悪態をついたが

刑事は

「もう、逮捕の予定はないよ。かんじゅん次第だけどな。」と意味深なことを言った。

 

手錠をかけられ別の警察署につくと

マジックミラーがある取調べ室にいる人を見るようにと指示された。

目を凝らして見ると

昔は覚せい剤の売人をしていたが現在は建築業を営んでいる

顔見知りがいた。

反社会勢力の父親の監視があるので今は、間違いなく覚せい剤をしていないはずだ

「かんじゅんが見ているのは、たけしだよな」と刑事が聞いてきた。

「いやー、わかりませんね。」と私。

「ふーん。」とつぶやいただけであった。

その後

所轄の警察署に戻り、取調べが始まった。

「和美は、たけしから覚せい剤を買ったみたいなんだよね。」とにやりとした。


「え、今はさわっていないはずですよ。尿からはでたんですか?」と聞いた。

やっぱり知っていたかという顔をして答えた。


「それが、でていないから困っているいるんだよ。」

大変なことである。

おそらく和美は卸元をしゃべれば早く出してやると言われたのであろう。

しかし、卸元は現役の反社会勢力。。。

なので仕返しがあるかもしれない。

たけしは、堅気だし現在はさわっていないからちくっても問題はないであろうと判断したみたいだ。

いくら堅気とはいえ父親は怖い人である。

それに何も罪をおかしていない、たけしは覚せい剤の営利目的で逮捕。

営利目的は罪が特に重い。

 

起訴されると前科のあるたけしの言い分は100%通らない。

間違いなく3年近く刑務所に行くことになる。

真面目に働いているのにである。

たけしからしたら青天の霹靂であったに違いない。

 

これはかなりやばい。

腕から先がなくなってもおかしくない。

「和美の調書だけでは、公判を維持できない。お前もたけしが

シャブを売っていたことは知っていただろ。調書にサインしてくれよ。」とのことだった。

板を思い浮かべてほしい。

一本の棒ではとても不安定で支えられない。だから、もう一本が必要。。

 

私はそのために逮捕されたのか。

ここは、なんとしてもうまくまとめなければならない。


「サインできるわけないだろ。ふざけるなよ。」と私はチンピラ丸出しで言った。

「そうか、気が変わったらいつでも言ってくれよ。」とその日は留置場に戻された。

 

その日は恐怖で一睡もできなかった。

 

次の日も朝からの取調べであった。

しかし

取調べは暴力団対策課である。

もう意味不明である。

「かんじゅん、○○の店が銃撃されたの知っているよな。」と聞いた。

「知ってるけど。」

「あの事件は、バイクから発砲したんだけど

お前確か、バイク上手かったよな。」とかまされた。

「もう乗ってないから、腕は落ちてますよ。」と私

 

「随分と、反抗的だな。服ぬげ。」と叫ぶ。

 

はいはい。

私が少年時代に逮捕された時には柔道着を着せられて、何度も丁寧に教育をしてもらった。

言われた通りに服を脱ぐと


いい体しているな。お前なら、片手で銃打てるな。」としばしの沈黙。

色々な意味でガクブルである。


「まだまだ、聞きたいことがあるから覚悟しておけよ」と捨て台詞を吐かれてその日は

取調べが終わった。

 

私は連日の取調べと睡眠不足から精神的に弱ってきていた。

もしかしたら銃刀法違反で逮捕するのではということが頭によぎった。

 

銃刀法で逮捕・起訴されると確実に6年は家に帰ることができない。

それからも連日の取調べが続いた。

たけしのことの調書にサインをしたら

そのまま帰してくれるのだろうか。

そんな情けないことを頭に浮かべながら刑事の話を上の空で聞いていた

 

「かんじゅん、たけしは弁護士も二人つけているぞ。お前、やばいんじゃないか」と大声で怒鳴りつけてきた。

 

この瞬間何かがはちきれて

一気に冷静になった。

こいつらは和美以外は起訴できない。焦っている。

と確信した。

 

しかし、たけしが逮捕されている以上私は、なんらかのアクションをおこして

たけしの逮捕と私は無関係であるということを社会にしめさなければ

私の居場所はなくなる。

 

私は、一計を案じることにした。

具体的には

公務執行妨害で逮捕されて検察の調書を巻いてもらい

ことの顛末をおおやけに残そうと思った。

 

私の身柄の勾留期限はもう残りわずかである。

すぐに行動に移した。

立ち上がり刑事の胸倉をつかみかかり

「○×、○×」と詰め寄った。

 

そこから私は予想外の展開にびっくりする。

 

なんと刑事がびっくりした顔をしている。

頼む、俺を公務執行妨害で逮捕してくれ 

 

2秒ぐらいたっただろうか。

まだ、アクションがない。。。

 

仕方なく、ドアに蹴りを入れてさらに叫んだ。


ドアを蹴る際は、細心の注意をした。器物損壊をしないようにである

すると

やっとのことで応援の制服の警官が押し寄せてきて

逮捕である。

 

その後、検察官に送致されたのだが

検察官には

「柔道の有段者である警察官に、君が胸倉をつかめたとは思えない。」と

びっくりすることを言われた。

 

お咎めなしである。

 

その後私は

釈放された。

しかし

たけし側の誤解は解けていない。

私は釈放された次に日に

所轄の警察署に再び逮捕されるつもりで

殴り込みに出かけた。

じゃないと私は困るのだ。

 

これには

担当をした刑事一同びっくりの行動であったみたいだ。

 

結論をいうと

逮捕されることはなかった。

 

その後詳しくは書けないが

大人のやり取りをしてことを収束させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はじめて覚せい剤をみたのは

18歳の春であった。

 

当時私の上司にあたる人物が売買をしていた。

 

私は客を待つ車内で上司に見せてもらった。

 

少量の結晶が入ったパケ袋を手に取り

夜だったのでルームライトをつけてパケ袋を見ようとすると

 

上司から鉄拳が飛んできた。

「バカたれ、これは仕事だぞ。ふざけているのか。目立つことは一切するな。」

と矢継早に怒鳴られた。

 

まだ、18歳で少年法に守られていた私にはその罪の重さうかがい知ることができなかった。

 

別の先輩は

 

 

「かんじゅん、不良していたら必ずさわる物(使用するの意味)。だから、早ければ早い方がいい。こんないいものはないから。」


と勧められたこともあった。

 

わけのかからない理屈である。

 

こんなこともあった。

 

某繁華街のキャバクラにて俺が酒を飲んでいる時、ついたキャストが挙動不審であった。

 

冗談で「今日は、逮捕しにきた」といった。

 

通常このような逮捕の仕方を警察はしない。

 

しかし、彼女は「○○に無理やり打たれたんです。」とおびえながら言った。

 

いきなりチンコロかよ。

男冥利につきるなと思った。

そのキャストは、洗いざらい喋った。

 

男の入手先、所属する組織名。誰々も使用している

 

聞きたくないことばかりだ。

 

それに無理やり打つなど、看護師にもできる芸当ではない。

 

次に使用するとどのようになるか。今から記すことは、すべて事実である。

 

 

・T先輩のケース  

 

この先輩は、中学の頃からイケイケであった。

地元では知らないものはいない。

 

時は経ち、私は19歳。

那覇市の先輩たちと悪巧みをしていた。


 

T先輩と私は沖縄の中部が地元である。


ふとした時にT先輩の話題になった。

 

私が昔からイケイケだったことを話すと、なぜか皆笑っている。

 

話によると、今は覚醒剤中毒でみなからバカにされているみたいだ。

 

信じられないといったことを口にした。

すぐにそのことを後悔することになる。

「わかった。かんじゅん、お前がTを呼び出せ。もの(沖縄では覚醒剤の隠語、注射器をバッターという)あるからって言ったらすぐに来るよ。」


断れる雰囲気ではない

 

しかし、伝説のT先輩にこんな怖いことはしたくはない。結局、押し切られる形で恐る恐るT先輩に電話をいれた。

 

「かんじゅんですけど、ものあるんですけど、那覇まできませんか」といった。

 

数年前であれば、ボコボコにされてもおかしくない。

 

T先輩は足がないみたいだ。お金も・・。正直ほっとした。

 

しかし、まわりが許さない。

 

Tは車いすだったか?

足は両方あるはずだ、歩いてこい!!と交渉するように言われた。

 

ちなみに私の地元から那覇市までは、直線距離にして約10キロ。

 

下品なバイク・車にしか乗った姿しか記憶にないT先輩が到底、歩いてくるとは思えない。とても怖い。

 

しかし、断れない。明日からしばらく東京に逃亡生活だなと腹をくくり

 

「歩いてきてくれませんか」と言ってみた。

 

しかし、意外な言葉がT先輩の口から出た。

 

「わかった。二時間ぐらいで着く。かんじゅん、ありがとな!!」

 

ありがと??あのT先輩の口から、ありがと??私は感謝されることをしているのか。

 

いや、間違いなく地元に居場所を失ってもおかしくない行為をしている。

 

悪い夢を見ているようだった。しかし、二時間後にT先輩は、やってきた。

 

汗まみれである

 

当然だ。健康のためにだって10キロという距離を歩く人間は少なはずだ。

 

ここから、もっと異常な事態をみることになる。

 

那覇の先輩方がT先輩に渡したバッターは、何かの原因でつまっているものに覚醒剤をいれたもの

 

つまり、針を体に打ち込んでも、覚醒剤は体内には入らない。

 

しかし、T先輩は必死だ。

かわいそうなぐらい。やかんでお湯を沸かし、バッターをあたためたりと、とにかく異常なぐらいの執着だ。

 

例えば、タバコをすいたいが、ライターがない。

周りには店もない、人もいない。

この人は、原始人のように、板の上で鉛筆のようなもので、板を削ってまで火をおこそうとするだろうか。

 

しないはずだ。しかし、このような行為をT先輩は、必死で行っているのだ。昔の面影などどこにもない

 

伝説のT先輩・・。

他人様の家を不法に占拠し、飲み会、当たり前のように逮捕、当たり前のように余罪がこれでもかというぐらい出てきて、少年院送致。

 

少年院では、職員が気に食わないといった理由で首を締め上げ、中々死ななかったとういう恐ろしい理由でボールペンでめったざし。

 

当然、特別少年院送致。

 

私が暴走族のころに

下品なバイクで信号待ちをしていると

さらっと

後ろから頑丈な高級外車をぶつけてきて

「じゃまだ、どけ」と何事もなかったように去っていったこともあった。

 

警察の何倍も怖かった。

 

こんなT先輩が目の前で、0.1グラムにも満たない白い粉に魅せられてみっともない行動をしている。

 

最終的には、T先輩は覚醒剤を摂取し、ご満悦であった。

次にT先輩にあったのは刑務所の中だ。


頭は禿げ上がり、最初は誰だか分らなかった。

 

初めに声をかけたのは、T先輩の方だった。


「かんじゅん、久しぶり!!」

 

私は「すいません、どちらさんですか??」


「Tだよ。お前、薬のやりすぎでおかしくなったのか」


こっちのセリフである。

 

それぐらい誰だか分らなかった。

運動の時間だったので、20分ぐらい話をした。


8つも離れている、弟になりすまし消費者金融から詐欺をしたのだという。

耳を疑った。


しかも、両手の小指がない。

どちらかというと、こっちのほうが気になった。

 

理由を聞き、さらに耳を疑った。


ヤクザの事務所から、金と高級時計を盗みそのけじめとして、指を落としたという。

その後、T先輩には会ってない。

T先輩が、俺に最後に残した言葉は「かんじゅん、あの時ありがとな」であった。


あの時といったら、あの時しかない。繰り返す。俺は、彼に感謝されることはしていない。

 

・隣町のY先輩のケース  


Y先輩は覚醒剤と酒が大好きであった。


とにかく四六時中、化学の力で気が大きい人だった。


毎晩のように繁華街に繰り出しては、喧嘩・・。

 

というより、因縁をつける。わざと、自分から肩をぶつけ、相手を殴るける。

 

けど、相手は選んでいるようだった。

 

相手が4人までなら、躊躇することなく因縁をつけていた。一度だけ止めたことがある。

 

相手は4人。その中に女性がいたからだ(ただのスケベ心です)。

 

その時の、女性が言った。

「なぜ、このような理不尽な目に合わなければならないんですか?」


覚醒剤に溺れてましてとは言えるはずもなかった。

 

しかし、このような行いを繰り返している者が、長くシャバにいれるはずもない。

 

このY先輩は、結婚もしているにもかかわらず、彼女がいた。しかも夜の街でホステスまでさせていた。覚醒剤ほしさだ。

 

ある日、このホステスが働くお店で飲むことになった。当たり前の話だが、彼女は別のお客さんに着くこともある。

 

あろうことか、Y先輩は彼女が別のお客さんを接客しているのを見て非常に機嫌が悪い。

 

接客している客に対して、カラオケのマイクを投げつけた。もちろん喧嘩になる。悪いのは私たちなので、当然店を追い出される。

 

やっと帰れると思いその日は、家路についた。その二日後、Y先輩は新聞を賑わすことになる。

 

もちろん現在は刑務所にいる。「薬さえしなければ、いいひとなのに」皆口をそろえて言うが、いい人はそもそも薬なんてしないものだ。

 

・同級生のI君のケース  もっともひどいケースであり、覚醒剤の撲滅のために記したい。

I君は13歳のころから、シンナーからを吸引していた。

自然の流れで覚醒剤のへと移行した。

残念なことに13歳からI君のシラフを見たことがない。

10年位たったころだろうか、真夏の日にI君から悲鳴にも似た声で呼び出しがあった。

ただならぬ様子だったので、I君のアパートへ急いで向かった。

I君は、真夏にも関わらず、窓を閉め切りクーラーを消して汗まみれだ。

それにもかかわらず、寒いを連発。

I君の命の危険を感じたので救急車を呼んだ。


現在は精神病院で治療中で知能は5歳児以下と言われている。

 

 

とにかく覚醒剤の使用はロクな結果にならない。何があっても手を出すべきだはない。